『音読×直読直解』の英語塾・GCA代表のグッチャンです。
「音読のような単純作業ではなく、もっとテストに直結した実践的なことを教えてほしい」という声をいただくことがあります。しかし実践性や応用力というのは決して基礎と別の能力ではありません。地道な基礎練習を積み重ねた先に、結果として現れてくるものです。
「音読」はレベルの低い練習なのか?
「音読のような単調な練習ではなくて、もっと実践的なことを教えてほしい」というリクエストもよくあります。
まず別の記事で説明したように、音読練習はそれほど単純なものではありません。
それを理解するために、スポーツの練習を思い浮かべてみてください。
例えば学校の運動部では、ミニゲームや練習試合を行う前に、ランニングや筋トレから、1人での基本練習、数名での基本練習といった、動きが決まった段階的なさまざまなトレーニングを繰り返します。
実際のところ、練習の大半を占めるのはこうした基礎練習です。ミニゲームや練習試合、高度な戦術についてのミーティングは、割合としてはそれほど多くないのではないでしょうか。
英語学習でも同じです。問題演習や解説講義は、スポーツでいえば練習試合や対戦チームが決まった後の戦術ミーティングにあたります。それだけを行っても決して試合に勝てしません。多様な基礎練習が十分に積み重ねられていることが前提なのです。
「音読」派 vs. 「文法」派?
また、音読というのは練習の「内容」ではなく練習「方法」です。文法の例文を「音読」で理解し、長文を「音読」で定着させ、単語を「音読」で身につけ、添削を受けた作文を「音読」して自分のものにするのです。
文法問題の「難問」などでも、講師の解説を受けて「なるほど」と納得するだけでは不十分です。理解は英語学習の準備段階にすぎません。
長文も同じです。映像講義などでキーセンテンスやディスコースマーカー・選択肢の見抜き方についての解説をじっくりと聞き、SVOCMなどと構文をとっただけで学習終わらせてはいけません。本当の学習はそこからなのです。いったん理解した文章を5回10回と、リピーティング・サイトトランスレーション・バックトランスレーション・オーバーラッピング・シャドウイングと様々な音読練習を行ない、自分のものにしていくのです。
ピアノのレッスンでは、先生からひと通り運指を習って譜面どおりに弾けるようになっただけで、まったく練習することなく次の課題曲に進むことは絶対にありえません。もしそんな練習をしていたら一生ピアノを弾けるようにはなりませんよね。
数十年前の話です。当時の予備校生の間で、詳細な文法解説を重視する先生を「文法派」、音読練習を強調する先生を「音読派」と、両者がまるで対立しているかのように分類する風潮がありました。繰り返しますが、音読は学習の方法であり、文法は学習の内容です。本来対立するものではありません。当の先生方にとっては、まったく意味不明の不思議な「論争」だったのではないかと、今になって思います。
…いかがでしょうか。音読のイメージが少しは変わりましたか。

